◆ 子供の頃に戻ってみると?

幼稚園の頃は百円があればお金持ち。駄菓子をたくさん買えて幸せだった。
小学生の頃は、千円あったら欲しいお菓子が買えてお金持ち気分を味わえた。
中学生くらいになったら、欲しいゲームが出てきて一万円くらいないとお金持ちに思えなくなり、
高校生になったら、お洒落やデートなど何かとお金がかかるようになって、数万円もあっという間。
大学生、社会人になると、もっと高いものも必要になり、数万円・数十万では全然足りない。
大人になってしまうと、もしものことを考えてもっと貯金しないと不安で、全然お金持ちな気にはなれなくなった。

と、どなたも大体は成長によってこんな感じにお金に対する感覚が変わってきているかと思います。

では、子供と大人ではどちらがお金を持っているか。
上の例で見たら、大人の方が勿論お金持ちです。でも精神的な「お金持ち」度は子供が一番なので、反比例しています。大人たちは百円で喜んでいた子供からしたら途方もないくらいのお金を持っているのに、全然自分をお金持ちとは思えない。

年を取るとなかなか自分を「お金持ちだー」と思って幸せにはなれない。それはお金の価値が変わったからというよりも、世界が広がって必要な支出が増えるから。子供は家賃や生活費、食費の心配はしませんから自分のことだけでよかった。

けれど大人になるともしもの場合に備えたり、あれこれと必要なものが出てきたり、責任や心配事が増えます。また自分で働いたり稼ぐようになってお金の苦労をして、現実が見えてきます。そしてもっと欲しいという欲も出てくる。欲しい欲しい=まだ足りないと常に欠乏状態になってしまう。結果「足りない」ことを意識してしまうと。

裏を返せば子供が無邪気に自分をお金持ちだと思えるのは、無知で世界が狭いから。そして「お金の苦労をしたことがない」から、あるもので満足できている。――なんて言い方もできるでしょうか。


さてこれなんの比較なんだと思うでしょうが、実はとあるお金持ちの弁解です。

「お金持ちなのにそんなお金の心配ばかりして」と言う私の台詞に、「子供と比較したら大人は心配するものだし、年取るごとにそうなるんだよ」と前にも書いたことのある心配性なお金持ちが言ったのが上のたとえ。

人は年取るごとにお金は増えるかもしれないけれど、心配も増える。だからいくつになってもお金が欲しいと思う。

それがこのお金持ちの説明でした。そしてもう何億も残しているというのに、「もっと余裕があればこんな悩まなくて済むかもしれないけどさ」とある意味、嫌味みたいなことを言うわけであります…。

子供の頃に戻ってみると?
確かに大人になってしまったら子供のように無邪気には戻れませんから、先を読んでコツコツ貯金もしたり、「もっと」を求めてしまうものです。このお金持ちのように実際お金持ちになっても、年取って白髪だらけになっても、子供や孫など次の代のことまで考えてまだ心配してみたり。

一方で子供は「今の自分のことだけ」を考えている。今持っているものに目を向けてそれで満たされて「たくさんあるぞ」と喜んでいる。無知でも幸せです。

そう考えた時に、この子供の頃のたいしたことのない額でも「たくさんある」気持ちが、イメトレなんかで言う「お金持ちになったつもり」の「満たされた状態」なのかもと、ふと思ったりもしました。

それは傍から(大人から)したら全然お金持ちじゃないけれど、本人は満たされて満足している。現実的な金額ではなくて、精神的な充足感。量より質という感じ?

というわけで今回は、このお金持ちの話を聞いて、人というのはこの先もずっとお金の心配をしてしまうものなのかなと思いつつも、反面、時には子供のように「満たされた気持ち」になるのも大切かなと思って、童心に返ってイメトレしてみることにします。札束風呂を思い浮かべつつ「お金持ちお金持ちお金持ち」と唱えてみよー…。え、それ、欲にまみれてて全然童心じゃないって?!





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