◆ 長者の万灯より貧者の一灯


熊本の震災から十日ほどが経過しました。まだ地震が続いているようで心配です。うちはテレビがないのでインターネットの情報がメインですが、企業や芸能人の義捐金や炊き出しなんてニュースも連日見ます。一方で芸能人の寄付が売名だとかで叩かれたりなんて記事もありました。

個人的には、非常時にはどんなお金でもありがたいのではと思っているので、理由がどうであれ結果として大金を出せるのはすごいと思ってます。有名人が公表することに関しても、周囲やファンの人に連鎖するとか、アンチの人が「あいつが出すなら自分だって」と奮起するとか、話題になって第三者の関心を惹くとかの効果はあると思ったりします。

長者の万灯より貧者の一灯
日本人の美徳として「黙って行動する」というのもありますが、同時に「横並び」で「世間体を大事にする」国民でもあるわけで、話題になった方が「みんながやるなら」と思う人が増えるんじゃないと。まあこれは私の考えです。

ただ、周囲がアピールすることのデメリット(?)としては、みんながやってるなら自分はいいか、とだらけてしまうというのがあるかなと。←コラ。

あと有名人の大金と比較すると、自分が出せるのはたいした額にならないから、やっても無駄じゃないかと引いてしまうとかね。若い人が選挙に行かないなんて話もこれと似てますが、大きい力と比較してあきらめてしまう、なんて人もいるかも?

額に目が行くと、庶民はお金持ち(や法人)には敵いませんから、どうやっても負けてしまう。

で、ここでようやくお金持ちにつながるわけですが、私も震災後にお金持ちと熊本の話をしたりして、寄付・募金や義捐金の話題も出ました。大手企業だとまとまった額の支援を表明したところも多いですが、それとは別にお偉いさんも含めて社内で募金のお願いが回って来たなんて会社もあるようです。お金持ちが個人で出したなんて話題も当然出てきます。

私は毎年やっているふるさと納税の枠から1万円と、毎月カード引き落としで寄付している某所の緊急支援で1万円の合計2万円を出しました。ですがお金持ちの額と比較すると全然です。実際そんなことも言いました。

「私なんてふるさと納税も含めて2万円だけです」と。

すると、とあるお金持ちのおじいちゃんが、今回のタイトルの「長者の万灯より貧者の一灯」という言葉を教えてくれました。どういう意味かというと、もうそのままです。「お金持ちのたくさんの寄付より、貧乏人の心のこもった少額の寄付の方が尊い」と。仏教の教え由来らしいですが私は知りませんでした…。

聖書にも「金持ちが天国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい」なんて言葉もあります。(これは神様への信仰だからちょっと違う?)

でもどこの宗教や文化でも、お金を出す時は額より気持ちということなんでしょう。

そんなわけで「たくさん出せる人は出すに越したことはないけど、そうでない人も気持ちが大事だよ」と、このお金持ちにも励まされました。額より気持ちだ!募金しよう!





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