◆ お金の対価と虚業

前回お金儲けは賤しい?で、お金儲けと口にしづらいという話を書きました。営利団体である企業ですら、儲かってます、と言いづらい世の中。あくまでもサービスの対価としてお金をいただくという建前になっています。お金お金と露骨なのは、浅ましい人と思われます。

とは言っても近年では、そんな「儲け」を露骨に出した話も増えてきました。特にネットの中は半匿名の世界ですから、本音の声であふれています。お金お金とお金が欲しい人の叫びであふれ、一方で怪しい話も含めて儲かる話もゴロゴロしています。

バブルと崩壊後の不況で「拝金主義」の一波目が来て、デイトレブームやライブドアがテレビをにぎわせていた頃の堀江さんとかが、若い人に「お金が一番」的な価値観を植え付けたでしょうか。

それまでは「疾しいこと」とひっそり隠していた「お金儲けがしたい」という本音を堂々と前面に出す世代の登場です。おかげで叩かれもしました。「サービスの対価としてお金を頂いている」という建前を吹き飛ばして、「お金儲けのため」と本音を言い切ったせいで、ライブドアなんかは虚業と言われました。

サービスがないのに、お金だけ動くのは、けしからんということです。

とは言っても虚業と言われる企業が、必ずしもサービスを提供していないわけじゃありません。IT系は商品が目に見えないシステムだったりプログラムだったりするせいか、特に虚業扱いされますが、表に出ている企業・団体で、全く何もないところから儲けている人たちはさすがにいません。仮に子供騙し・見かけ倒しのシステムでも、とりあえず何か形は存在しています。

それなのに、お金儲けを前面に出すと虚業と言われてしまう。

そして企業はイメージも大切ですから虚業と言われることを畏れます。何も提供してくれないくせにお金ばかり取って!と言われたくないからです。あくまでも「お金は感謝の副産物」と思いたいわけです。

ITより物のないコンサルティングや広告・マーケティング業界は、せっせとパワーポイントで綺麗な提案書を作り、カタカナと専門用語を多用して、お客様の満足のためと自社をアピールします。

株式や為替の投資がマネーゲームと言われるなら証券会社や市場はゲームの胴元なんですが、こちらもお客様の資産を守ったり増やします(たまにマイナスにします)と、あくまでも崇高な理想を持った団体ですと言いたげにアピールしています。

みんなうちは虚業じゃないよ、ちゃんとサービスを提供している立派な会社だよ、と宣伝するのに必死です。

……なんて書いて嫌味を言ってると取られてしまうと困りますが、物を扱う企業も、サービスを提供する企業も、もっというと団体・個人も同じです。ほとんどの人が、自分は虚業じゃない、という。

みんな本音はお金儲けのために働いているのに、です。名誉や肩書きがあれば迷うかもしれませんが、タダでもその仕事やるの?と聞いたら、ほとんどの人は続かないだろうに、それでも虚業じゃない――と否定するわけです。

どうしてか?理由は上で書いたように、「中身がない・ぼったくりと言われたくない」から。そしてその根っこにあるのは、「お金儲けは疾しい」という気持ち。自分のやっていることは賤しくないんだぞと、心にワンクッション置くための正当化です。

あくまでも「サービスの対価」に報酬を受け取っていますという建前は、購入前の相手に自社をアピールするためであり、購入する際の相手にお金を払うことを納得させるためであり、最後にお金を受け取った自分たちが疾しさを感じないためである、という三段階があります。相手に素晴らしさを語りながら、ある意味、自分たちも洗脳しているわけです。

思い込みがうまく行って、自分も崇高なサービスを提供している一員と思い込めれば、仕事は楽しくなります。逆に自分の扱うサービスに後ろめたさがあると、どことなく相手を騙しているように感じられてしまいます。

これは企業同士の話に限らず、会社と自分の話でも同じ。サボっていながらお金をもらうのは給料泥棒だなと思うでしょう。それをラッキーと捉える人もいるでしょうが、その反面、このままじゃまずいと思ったりもする。

根底にあるのは、何もサービスを与えていないのにお金をもらうのは悪い、という意識。タダより高いものはないと、みんな思っているわけです。一方で自分は報酬を受け取るだけの働きをしているのだ、だからもらって当然と、自分を認めたい気持ちもある。

給料泥棒を正当化する時にこの言い訳は(その当人の胸の中で)よく使われます。自分はそれだけもらうに相応しい人間だ!と、お金の対価の弁解を作り出して納得するわけです。

つまり人は、お金に理由を求める。理由がないとスッキリしない。宝くじとか棚ボタならそれが理由になりますが、いきなり他人にお金をもらう場合には、自分がそれだけの何かを与えたからと思わないと気持ち悪い。場合によっては、自分は報酬に見合うだけのことをしていないと、拒絶してしまうこともあるでしょう。

だから理由のないお金、ストレートな「お金儲け」は叩かれ、虚業は嫌われるわけです。


ちょっと脱線しますが、潜在意識でお金儲けみたいな本にはよく、お金に対する罪悪感を捨てましょう、なんて書かれています。その罪悪感の本質は、この「対価」の感覚です。ですのでここで、給料泥棒な自分を「その分働いたから当然」と納得させるように、大金ゲットも「自分には当然その資格がある」という合理的な理屈が自分の中に見出せれば、後ろめたさはなくなるはずです。

そうなったらその手の本によくあるような「無意識のブレーキ」を外せた状態と言えるかもしれません。そしてその段階に到達すれば、潜在意識の力でお金が呼び込めるかもしれません?






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