◆ お金は天下の回りもの

ネットで儲けたとか、株や投資、ギャンブルで儲けたとか、代々お金持ちだったとか、ひとりきりで自己完結するお金儲けもありますが、世の中のほとんどのお金は人が運んできます。「お金は天下の回りもの」と言いますが、勝手にクルクル回るわけではなくて、どんなお金も人の手を介してきます。

そういった意味では、ひとりきりで儲けているような場合も誰かのおかげと言えなくはないでしょう。株も誰かが安く売ってくれた・高く買ってくれたから自分は儲かったわけで、ネットで儲けるのも誰かが何かを買ってくれたとかサイトや広告を見てくれたから。宝くじなども、多くの外れの人の山の上に一等を当てた人がいます。自分だけしかくじを買わなかったら億の分配はできません。

私・あなたが儲かったのはみんな第三者のおかげです。

つまりお金を稼ぐということは、人を介して売買したり、人に対するサービスを与えて対価を得たり、直接のやり取りはなくても、他人いるからこそ成り立つわけです。更にその中で儲けている人は、「人を介してお金を回す能力が他人より抜きん出ている」と言えるかと思います。

そして逆説的に言うと、「よりお金を儲けるには、より多くの人から自分の元へお金が回ってくるようなしくみを作ればいい」となります。

実際に世で売買されているほとんどの商品・サービスは、人目や気持ちを惹くための広告やイメージ戦略にもお金がかけられています。綺麗なラッピング、デザイン、カラー、有名人を使う、果てはステマなんて言葉も少し前には盛り上がっていたようですが、過剰なごり押しや、お金を使って流行を操作したり…。

株やギャンブルみたいなものも、より弱いカモが参入すれば回ってくるお金の可能性が増えますから、いいイメージを持たせて、個人の参入を呼びかけます。おかげで儲かりそうと欲を出して、ネギを背負って飛び込んで、お鍋にされるカモは次から次へと来ます…。私もですが。

けれどこれらも限界はあります。バレバレの広告だと「ステマ」だってそっぽを向かれますし、誠実にやっていても元のキャパシティが小さければ、いくら頑張っても市場は広がりません。

一方で、それほど広告を頑張らなかったのに、予想外に人が来て流行ってしまった!なんて幸運もあるでしょう。

そういう場合は「誠実で商品がよかったから売れた」なんて後付けの成功談も出てきたりします。ですが実際は似たようなものがたくさんある中でそれがピックアップされたのは、偶然だったとか、よく分からないけど流行に乗れた、なんていうように理由が説明できないことも多い。

ある程度は宣伝で操作ができたとしても、完璧ではない。だからこそマイナーで広告もしていないような商品がヒットすることもあります。逆に広告費をかけたのにコケてしまったりもします。

こういった経験が多くなると、お客様絶対の過剰なサービスに走ってみたり、人知を超えたオカルトなものを信じてみたりすることもあるのかもしれません。例えば経営者が行き過ぎて宗教的になっている企業は、人の縁の操作できない部分に意識が偏っていることが多いようです。奇跡を信じて理論がおざなりになっていたり。

また反対に偶然を信じずに広告を絶対視して、お金をかければ人は来ると、ごり押し至上主義な企業や経営者もいることでしょう。こちらは人の気持ちを考えずに、理屈ばかりに目が行ってしまう。

どちらもお金を自分の元へ回すために人を呼び込みたいわけですが、過程が正反対なわけです。

人の縁がお金を運んでくる。ではどうやったらその縁を増やせるのか?ここの部分は正解がない。だから色々なパターンが出てきます。成功したら「それが正解だった」となる、結果論ということです。


話が大きくなってしまいましたが、個人の場合も同じです。お金は人を介してやってくる。人の縁がお金を呼ぶ。だからより良い縁を増やすことが大切。より多くの人、より多くの財源を増やせば、自分のところに回ってくるお金も増える。

よく「人という字は支え合って――」なんて言います。これを聞くと私のようなひねくれ者は、自分は支えられてないしーと言いたくなってしまいます。

ですが「お金は回る」「回るから自分が儲かる」というお金のしくみを見直すと、確かに人はひとりじゃ儲けられない!(カモも含めて)支えてくれる人がいるから儲かるのだ!とちょっと素直に思えます。





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