◆ 三代目の失敗

いつもは成功したお金持ちの話を書いていますが、今回は失敗した例です。祖父から父と社長になって、それを自分も継いだという、世襲の中小企業の三代目社長さんの話です。

この方の家は、祖父の代にとある化学製品の製造会社を始めました。都内に本社、関東近郊に工場があり、社員数は多くはないですが、ホームセンターや業務用に安定した製品の需要があり、景気にも左右されにくい手堅い商売を続けていたそうです。独占までは行きませんがある程度のシェアを持ち、社員も社長一家のお給料も、中小企業にしては破格なくらい。ボーナスも封筒が立つくらいだったそうです!

本社は自社ビル、工場に、自宅に、別荘と、いくつも不動産も持ちました。社長一家は外車に乗り、広い立派なお屋敷を持ち、何人ものお手伝いさんを雇っていました。

恵まれた一家に生まれた三代目、子供の頃には祖父が社長、祖父が引退して会長になってからは父親が社長。次はお前だと昔から周りにも言われ、自分も当然そうだと思って育ってきた。会社にも子供の頃から出入りしていて、社員にも顔を覚えられていたとか。

そうして――予定通りに父親が引退した後に三代目を襲名しました。事業は安定していましたので、何もしなくても儲けは出ているような状態。先代の父は、前の代に築いた会社の流れを維持する安定第一の社長だったそうです。

ですがこの三代目社長は、もっと儲けるぞ、とやる気と希望にあふれていました。これまでの長い会社の歴史で、銀行や仕入先・得意先にも信用はありましたが、この先もずっと行くとは限らない。もう少し開拓して、余裕を持っておきたい。これまで祖父や父がやってきたのを見てきただけに、自信もあったそうです。あわよくば大企業にという夢もあった。

そうして就任して数年のうちに、これまでの主力商品の他に、廉価版を海外で生産することに決めました。国内工場で生産した商品は、物は確かでしたがやはりコストなどの面もあり割高でした。「高くてもおたくの製品は確かだからね」と品質を支持してくれるお客さんはいましたが、海外産の安いものが入ってくるようになると、やはり値段で安い方に流れてしまうお客さんもいた。社長さんも価格競争に負けない商品も必要なのではと思ったそうです。

そして海外の製造業者を仲介してもらい廉価版の生産が始まりました。これまでのお客さんにも安いものも出ましたと宣伝もしました。試して安いものを買ってくれるお客さん、安い方がいいと切り替えてくるお客さんもいて、なかなかの出足でした。質より量の時代だなと社長さんも海外産の割合を増やして販路の拡大も図りました。

ですが、しばらくして異変が起きます。安いけどすぐに質が変わって安定しない。初めはいいと思ってたけど耐久性がないよ、と続々とお客さんからのクレームが飛び込んできたそうです。
「おたくの製品だから廉価版でもちゃんとしてると思ったのに…」そんなことも言われました。やっぱり昔からの商品がいいと戻してくれる人もいれば、会社自体が信用ならないと去ってしまう人もいた。お客さんの方も、物がまずいと信用問題になるだけにシビアでした。

せっかく軌道に乗り出したはずの廉価版は返品の山。慌てて製造は止めましたが、在庫と海外業者への支払いや契約中止の賠償やらと、一気に雲行きは怪しくなりました。

海外業者は契約だからと製品の代金を請求しますし、止めた分も払えと言ってきます。契約反故の賠償もしろと言ってきます。おたくのために工場の設備も新しくしたんだからその分も払えとも言ってきました。話が違うと返品を引き取らせようとしても、こういう契約だ、こちらは言われた通りに作っていると主張するばかり。

そうしている間にも借金と返品は増え、対応に追われている間に、国内工場の製品の原料の仕入れも滞ってきます。お金がないから仕入れられなくなるわけです。

これまでは充分すぎるほどの安定だったはずが、気が付けば一気に自転車操業へ。一度信用がなくなると、あそこはやばいという噂も立ち始め、別の業者に切り替えてしまうお客さんも出てきました。仕入れ先も厳しくなります。昔ながらの付き合いで、融通を利かせてくれる業者さんもいましたが、傾き始めるとそれも焼け石に水。不動産などを手放したり金策に走りましたが、それでも追い付かなくなりました。そうなると信用がなくなった会社ゆえに支払いの条件はますます厳しくなり、国内生産品ですら品質や数の確保ができなくなり、売り上げも減ってと悪循環です。お客さんへの信用にもひびが入ってきました。

こうなってしまうと、あとは時間の問題です。せめてマイナスにはならないうちにと売れるものは売り払い、借金を返して会社を清算したのは、その後わずか数年のことだったそうです。

何もしなくても儲かっていたはずの会社が、下手に新しいことをしたが故に、あっという間になくなってしまった。そんな実録でした。

ちなみにこれは少し前の話です。今だったら海外の製品の質も上がってきていますので、こんな返品の嵐にはならなかったかもしれません。当時は海外にも、こういった製品のノウハウがなかったそうですが、昨今は技術力も上がって、場合によっては国産品と遜色ないところまで来ているそうです。

自分の代で会社を潰してしまった三代目の社長さんは、潰した会社の同業種で、今は製造はせずに小さな問屋を経営しているそうです。今度は安定を第一に考えて、つつましくやっていると言っていました。





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