◆ 運は何教?

お金持ちの話を聞くと「運がよかった」という言葉がよく出てきます。このブログでもそんな話はたびたび書いていますが、一般的な自叙伝みたいなものや雑誌のインタビューなどでも、よく見かける言葉です。

お金持ちは妬まれやすい。そのための謙遜――手柄(と責任)を天に被ってもらうための「運がよかった」も、勿論あるでしょう。
また本当に「運がよかった」パターン。時流に乗れた、偶然が重なって成功できた、実力以上の天運がもたらした成功もあるでしょう。

諺にも「人事を尽くして天命を待つ」なんてのがありますが、みんな実力以上の成果を期待して、運をよくするために、試験前には勉強をしつつ神社へ行ったり、開運だなんだと掃除したりするわけですね。

で、そこまでが前置きで、先日、外国人(アメリカ人)のお金持ちの方に「運て何の宗教?」と聞かれました。怪しい話ではなくて、仏教か神道なのかという意味のようです。

何を言っているのかと思ったら、神社でもお寺でも「○運」だらけだということで、また上に書いたように日本人はすぐに「運がよかった」とか「ウンウン」言ってるが、それは何がルーツなのかと。当たり前に「日本人は運に頼りすぎ」ていて、そう言われてみると説明に困りますな…。

開運、金運・くじ運向上、商売繁盛、厄除け、縁結び、交通安全、健康平癒、安産祈願――

神社やお寺のご利益をざっと思い浮かべると、運とついてないものも確かに現状よりよくしたいとか、悪いものを落としたいとか、「運気を改善」するものばかりです。ある意味他力本願です。

海外、キリスト教なんかでも、ルルドの泉や、病気に効くとか、そういうご利益のある場所はありますし、奇跡認定もされています。
ただ細かいご利益ごとの神様の概念は一神教にはないのかな。あまり詳しくないので語れませんが、日本の「運」は八百万の神様とか、天部の神様のいるインド仏教まで繋がってしまうんでしょうか。

海外でも馬蹄だのイギリスのウサギの足だとか、ラッキーチャーム(アイテム)みたいなのはありますが、これらは「luck ラック」を願うお守り程度のもので、日本人の言うような「成功を左右する深刻な運」を叶えるまでにはならないと。メダイみたいなものも、信仰が前提になったお守りですかね。

日本人の「運」は、「luck ラック」だけでなく、「chance チャンス」が含まれているけれど、海外、特に欧米人には、日本人が「chance チャンス」というところを「opportunity オポチュニティ」と捉える。

「opportunity オポチュニティ」って何と。ビジネスの成功を語る時、学業・就職やキャリアアップの場などでよく聞く単語ですが、辞書を引くと「良い機会、好機、チャンス」なんて書いてあります。

ニュアンス的には「(努力の結果に)与えられた機会」「(実力でゲットした)好機」みたいな感じでしょうか。「chance チャンス」は、「棚ボタ」「偶然、たまたま成功した」的な、第三者に与えられたり空から降ってきたみたいなニュアンスもありますが、「opportunity オポチュニティ」は自分の努力の結果ですとアピールしてる感じ?

あちらも神様は(多分日本人以上に)信じているようですが、仕事やキャリアで成功しても根底に、こういう「自分の努力の成果」と素直に言う意識があるから、「偶然です」「運がよかった」とはならないのでしょう。遠慮は美徳じゃなく、ガンガン手柄をアピールする文化というのもあるのかな。

だからこそ日本人が「運をよくしよう」と、結構真剣に考えて、神仏にお参りしたり、トイレ掃除だ、黄色だと色々やるのが不思議らしい。おまじないを本気で信じているように見えるんでしょうか。それで宗教?と思ったようです。


では逆に「欧米にはchanceがないのか」「欧米人は棚ボタや偶然を願わないのか」と聞いてみましたが、それは願うらしいです(笑)やはり一神教がほとんどなので、キリスト教徒ならその神様に。
まあ一神教はある意味、神様がお願いの一括窓口なので、金運だったらこうして、恋愛運ならこっちで、とあちこちに行かずに済むわけで、そういう面では便利(と言ったら怒られそうですが)なのかもしれません。

Take time by the forelock. 好機は逃すな
「チャンスの神様は前髪しかない」から転じた、こんな諺などもあります。

ただ「チャンス」をものにして成功しても手柄は自分のものという意識が強い。「運も実力のうち」というわけですな。。。敬虔な信者なら、「神様のおかげ」になるのかな。

まあ、日本人が「運」と一括りにしているものが、ラッキーだったりチャンスだったり、オポチュニティだったり、神のご加護だったりするってことでしょうか。


ついでに言うと、「運がいい」と口にする日本人が信心深いかというとイコールではないし、みんながみんな神頼みをしているわけではないので、宗教とまでは意識しない。トイレの神様なんてのが少し前には流行りましたが、トイレを掃除している人はトイレ神様を信仰しているわけではないですからね…。何でも大切に、の比喩みたいなもので、特定の神仏は想定していないことがほとんど。

なので「運は何の宗教?」って聞かれたら悩みます。宗教なのか?と、言われて気がつくカルチャーショックという感じ。


一神教の国だとこの話をしたアメリカ人の方みたいな考え方が多そうですが、風水の本場の中国や、アジアの仏教ベースの国々は日本に近いんじゃないかと思います。とするとやっぱり宗教感が下敷きになっているんでしょうか。国によって「運の範囲」はやっぱり違うのかな。

うーん、運とは奥が深い。ちょっとダジャレ。

まあ日本人的には、成功にはラッキー、チャンス、オポチュニティ、神のご加護も全部ひっくるめた「運のよさ」は不可欠な気がしますので、私は開運も意識したいと思ってます。





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